トヨタ自動車との業務提携報道で一躍注目を集めている、乗用機器メーカーの老舗。他の自動車メーカーと異なり、もともとは
「いす」
の製造業者だったというユニークな沿革をもつ企業である。社名は「いす」の英語複数形「いすs」からきており、日本語で「いすず」と表記するのは誤り。
創業者の井田按二郎(1938~)は事務什器製造会社社長の次男として生を受ける。戦時中、国民学校に通っていた按二郎は成績の悪い落ちこぼれとして知られていた。しかし、担任教師の目を盗んで車輪つきいすに乗り、廊下を走って遊んでいたときに人生を変えるようなインスピレーションを受けた。
「このいすを発展させれば、世の中を変えるような乗り物になるのではないか?」
車といえば大八車しかなかった当時の日本で、このような発想のできた慧眼には頭が下がるばかりである。
戦後の焼け跡で按二郎は亡父の会社を継ぎ、いす専業メーカー「いすゞ」と名を改めた。昭和24年のことである。GHQ向けに高級いすをおろす事業で糊口をしのぎながら、幼いころに受けた啓示を
「全自動走行いす」
として実現すべく腐心する按二郎。その開発過程は、失敗の連続であった。安定走行のために車輪を大きくする、自動化のためのエンジン搭載、利用者の安全確保のためのボディ装着…できあがったのが、同社初ののりもの
「いすゞ式全自動走行いすイ号」
であった。
相似的進化の結果、奇しくも自動車と同じ外見を取得するに至ったイ号は、「クルマ」と誤解した消費者に受け入れられ爆発的ヒットで迎えられた。その後、“シャフト”の導入などでクルマに近い構造に収れんしてはきたものの、いすゞならではのユニークなものづくりの姿勢は変わってはいない。
現在同社が進めているのは、いすに変わる新たなアイテム…“そろばん”をベースにしたのりものの開発である。今回の提携は、この方面で遅れをとるトヨタが一気に劣勢を挽回しようと判断したことによるものと思われる。ただし、そろばん技術については
「先生に見つかると怒られる」
という課題があり、実用化は難しいとみる専門家が多い。