<まんが評論家・呉智英(ホーチンフェイ)さん>
このところ読みにくい名前の子どもが増えている─。やたらと難しい漢字を多用し、奇をてらうばかりの読みづらい名前。わが子を溺愛するあまり、常識をわきまえ空気を読むことを忘れるひどい親が激増しているようだ。
最近の例では
「悠仁」
などというどう読んだらいいのか、どこが名字なのかもわからない、お前はどこの騎馬征服民族の末裔か! と思わせるような名前の幼児を見かけた。こういう難読名の子をもつ家庭は例外なく非常識な親姉弟を抱えているものだ。負け戦をしかけておきながら責任を取らなかったり、側近にねつ造メモを遺させたり。留学先のヨーロッパでご乱交を繰り広げるようなモンスターファミリーである。この子も将来どう育つか、推して知るべしだ。
こうした名付けをしてしまう親たちは、授かった子どもの命の価値を勘違いしているのだろう。子どもなどというのはただの労働力であり、命は二束三文である。凝った名前など付ける必要はない。邪魔になったら口減らしのためいつでも殺せるよう、どうでもいい名にしておくのがわれわれの美しい伝統文化ではなかったか。私が理想とする封建制(残念ながら日本には私の母国・中国と異なり成熟した封建制がなかったので荘園制を想定しているが)の時代なら、地頭様の言うままに働き命を差し出すのが常識であり、こんな勘違いがはびこることはなかった。嘆かわしい限りだ。
こうした誤りを正すため、私が提案するのが
「自動命名リスト方式」
の導入である。男子には「太郎・次郎・三郎…」、女子には「マツ・タケ・ウメ…スエ・トメ」と、美しい常識に基づき決定した“付けられる名前”の法定リストを用意しておく。各夫婦に子が生まれたらリストの上から順に名前を付けていけばよい。
これなら両親が子どもに過剰な思い入れをすることはなくなり、労働力としての供出はもちろん徴兵されて戦地で死んでも簡単にあきらめられるようになるはずだ。また、おなじ名前の人間が増えるため、国民年金のシステムが誤った名寄せでデータを消しても言い訳がきく。もちろん消失したぶんは支払いを拒否できるので、年金の破綻を先送りする効能もある。一石二鳥のこのアイデア、国はぜひ検討すべきではないだろうか。