悲劇的な過去を乗り越え、アイドルとして新たな道へと踏み出した少女がいる。
「わたしも“忘れられた子”だったから。がんばってお仕事して、悲しい思いをする人をひとりでも減らしていきたいんです」
プロ意識に満ちた笑顔は、幼いころの心の傷をみじんも感じさせない。東武鉄道遺失物防止キャンペーンのイメージキャラクターに就任した、わすレモンちゃん(6)。「忘れ物はぜったい出さない」と意気込みを語る。
父母の顔は知らない。忘れたわけではない。生後すぐに、東武鉄道の車両内に置き忘れられていたところを保護されたからだ。忘れたこと自体を忘れられてしまったのか、両親からの問い合わせは結局なかった。そのまま社員のひとりに引き取られ、育てられて六年。人づてにキャンペーンの話を聞いたとき、「わたししかいない!」と思ったという。
「だって、忘れ物のきもちはわたしがいちばんよくわかるじゃないですか。わたしが
“みんな! 忘れ物しないで!”
って訴えれば、きっと届くと思う」
自分のような悲しい境遇の人を二度と出したくないのはもちろんだが、彼女にはもうひとつ、この仕事に期待していることがある。「有名になれば、お父さんやお母さんが思い出して引き取りにきてくれるかも…」という夢だ。もちろん、はかない期待だということはわかっている。
「でも、夢はだいじだと思うんです。いつかわたしにも、って…」
と語る彼女の目尻から、光るものが一筋流れるのが見えた。その果汁が目にしみて、記者も思わずもらい泣きしてしまった。
成果はあがっているようだ。キャンペーンポスターを見た利用者から「もしかして…」と知らせがあり、生き別れの弟が大阪にいることが判明したという。彼女のけなげな笑顔が少しずつ奇跡を呼び起こしつつあるのかもしれない。彼女の人生に、そして列車内の忘れ物事情に…。