大東京小学校に向かう通学の道が、小学5年生のサトシにはとても苦痛だった。特にきょうのような火曜日の朝は…。担任のミチコ先生の面談があり、「自尊メーター」でチェックを受ける日だからだ。うなだれて教室に入ると、クラスメートたちは楽しげに自慢話をしあっている。
「オレ、親に大人買いさせてレアカード100枚ゲットしたぜ。これで最強カードマスターだぜ」
「ウチなんか、200色入り色鉛筆セット買ったわよ。これでピカソを超えるわ」
サトシはさらに憂鬱になった。サトシは自慢どころか、自分を好きにさえなれない少年だった。都教委の推進する
「自尊教育」
の落ちこぼれだった。
面談が始まった。ひとりずつ面談室に呼ばれては自信に満ちた顔で戻ってくる。サトシは時間の流れが止まらないものかと願ったが、イヤな順番ほど早く巡ってくる。問題なく面談を終えたリョウが、肩をいからせながら教室に戻るなり「サトシの番だ」とアゴでドアを指し示した。サトシは暗澹たる気持ちで廊下をノロノロ進み、やがて面談室に着いた。この部屋にはいい思い出がない。気力を振り絞ってノックし扉を開くと、机に備え付けられた自尊メーターの大きなレンズの向こうに、いつも自信に満ちたミチコ先生の顔が歪んで映っている。
「座りなさい。あなたの自尊心の成長ぶりを完璧にチェックしてあげましょう」
先生はハイな口調で言った。
メーターの前に座り、頭に電極パッドをつけられる。先生はレンズでサトシの瞳孔の動きをチェックしながら、質問をはじめた。いわく、「いま満たされているか」「親・きょうだい・祖先を誇らしく感じるか」「日本人に生まれてよかったか」「日本人スポーツ選手の活躍を聞くとどう思うか」「アインシュタインが日本人を讃えたのは知っているか」…。ひととおり問答が終わると、先生は黙ってサトシのパッドを外し、しばらく静かに検査シートを見つめていた。やがてキッと正面からサトシを睨みつけてヒステリックに叫んだ。
「16点! 私のような優秀な教師がついていながら! 最悪の点数です! しかも、前回からまた落ちている! キミはなぜ自分を好きになれないのです!」
プルプルと怒りで指先が震えている。
ミチコ先生は怒鳴った。傷ついた自尊心ゆえか頬が真っ赤に染まっている。
「キミの自尊心が育つよう、カラダに直接教育しますッ!
お尻を出しなさい!」
先生は堅くてじょうぶな平たい板でできた自尊心注入棒(東京都教育委員会指定)を取り出した。サトシはあきらめと慣れきった態で四つん這いになり、先生に尻を突き出した。先生が「歯を食いしばりなさい!」と叫ぶと、バシン! という乾いた音が部屋に響き渡った。少し遅れて、サトシはからだを激痛が駆け抜けるのを感じた。気を失いそうだった。それでも音と痛みは続いた。バシン! バシン! 悲鳴をグッとこらえ顔を歪めながら視線をやると、ミチコ先生の顔に明らかな愉悦の表情が浮かんでいるのが見えた。気の遠くなりそうな痛みと快感の中でサトシは思った。
「先生…先生を喜ばせられるこの瞬間だけ、ぼくは自分を好きになれそうな気がするんです…」