老人たちの脳の衰えが進行するなか、雑誌出版社や新聞社が紙面づくりに苦しんでいる。以前なら常識だった事実を書いても、
「なにそれ? そんなことあった?」
と問い合わせが殺到するからだ。各社は歴史的事実にかかわる記事を掲載しないようにしたり、そもそも「なかった」ことにしてしまうなど対応に追われている。
都内出版社が発行する、ある雑誌。たびたび歴史をテーマに取り上げる硬派な誌面で知られていたが、ある日、読者だと名乗る老内科医から問い合わせを受けた。
「“アウシュビッツ”とか“ガス室”ってなんですか?」
頭の弱い人なのだろうとはじめは笑って取り合わなかったが、たびたび同様のクレームを受けるにつれ対応の必要性を痛感。読者にわかりやすいよう「ガス室はなかった!」との特集を組んだ。皮肉なことに、この号は過去もっとも支持をあつめることになったという(同誌はその後廃刊)。
新聞も老人対策にいそがしい。首都圏では東京新聞に次ぐ実売部数をほこる、とある新聞。かねてから知力の衰えた人々向けに紙面を薄くするなどの施策を展開してきたが、太平洋戦争時の沖縄集団自決を知らない年寄り世代が増えたため、思い切って
「集団自決はなかった」
という統一見解を打ち出すことにきめた。おかげで歴史の真実を忘れた老人に好評なほか、副次効果として一部のかわいそうな若者にも人気だという。
歴史的事実をどんどん忘れていってしまう老人の記憶力低下はなげかわしい限りだが、先の新聞社の記者は
「都合の悪いことはさっさと忘れて、都合のいいことだけ覚えているのはとてもきもちがいい。すばらしい風潮ではないか」
と話している。そう言われればそんな気もする今日このごろ。ついでに自分のモテなかった過去も消し去りたいところだ。