その日、フランツ少年は朝寝坊して大急ぎで学校へ向かっていた。昨晩は夜更かしをしてしまい、国語の宿題も手つかずのままだ。またあの怖い担任のアメル先生に叱られるのか…と思うと触手もしなだれて元気が出ないまま、港区にある冥王星人学校の門をくぐった。
しかし、教室に入ってみるといつもとは雰囲気が違う。生徒たちは静かで、ふだんのように頭上の求愛器官をカラカラ鳴らしている者など誰もいない。教室のうしろでは、何人もの生徒の親たち、そして冥王星大使までもが悲痛な表情を浮かべながら並んで授業を眺めている。なによりあのアメル先生が遅刻をとがめることもなく、ただ「すわりなさい」と第三触手でフランツの席を指し示すのだった。
少年が席に着くと、先生は悲しげな面持ちで言った。
「皆さん、冥王星語は今日が最後の授業です。国際天文学連合の決定に基づき、来年度以降
“惑星でない冥王星のことばを教えてはいけない”
との命令が文部科学省のほうから来ました。4月には新しく海王星人の先生が見えます」
フランツ少年はびっくりして口吻から粘液を漏らしそうになった。そうだったのか…。冥王星が海王星人の陰謀のせいで惑星の座を追われたのは知っていた。それなのにぼくと来たら…。
授業がはじまった。フランツはじめ冥王星人の生徒たち、そして後ろに並んだおとなたちは、これまでになく真剣に冥王星語の詩を朗読した。いつもは陳腐だとしか思えない、オリオン座の近くで燃えた宇宙船の話や、タンホイザーゲートのオーロラについての節句が、とてもいとおしく感じられた。大使は感極まって耳から強酸性の体液をほとばしらせていた。
最後に、アメル先生は静かに、しかし熱のこもった口調で言った。
「宇宙中で一番粘液質で、一番力強い言葉である冥王星語を決して忘れてはいけない。なぜなら、ある惑星人が奴隷となってもその美しい母星語を保っている限りは、重力から解放されるカギを握っているようなものなのだから…!」
先生はそこで絶句し、黒板に大きな字で力強く
「冥王星万歳!」
と書いた。こうして「最後の授業」は終わった。記者はチョー泣いた、マジで。