その朝。航空自衛隊幹部候補生のぼくは、前夜に大麻を吸いすぎて寝坊し大急ぎで統幕学校へ向かっていた。「近現代歴史観」の宿題も手付かずのままだ。またあの行き遅れの櫻井先生に叱られるのか─と思うと元気が出ないまま、学校の門をくぐった。
だが、教室に入ってみるといつもと雰囲気が違う。ふだんなら学級崩壊している候補生仲間はみな静かに席につき沈痛な面持ちだ。しかも後ろには父兄が何人も参観にきている。ヘンな帽子をかぶったホテルの女オーナーとか、おどろいたことに定年退職したはずの田母神のおじさんまでいる。ぼくのいぶかしげな視線にも「そんなの関係ねえ」といった感じだ。そして教壇に似合わない和服姿で立っていた櫻井先生は怒りもせず、ただ静かに「席につくように」とぼくにうながすのだった。
席につくと先生は悲しげな面持ちで言った。
「みなさん。自慰史観の歴史は今日が最後の授業になりました。戦後教育の弊害と鬼畜米英の陰謀で、正しい歴史観を教えてはいけなくなったのです。明日からは日教組の手先の自虐史観の先生が見えます」
ぼくはびっくりして、きのう海自の友達からもらったイージス艦のシステム情報入りUSBメモリを落としそうになった。そうだったのか…。空自の授業が自慰史観偏重であることが、腐れサヨクどもから槍玉にあげられていることは知っていた。櫻井先生はいつクビになってもおかしくなかったのだ。それなのにぼくと来たら…。
授業がはじまった。みんなこれまでになく真剣に先生の講義に耳を傾けた。いつもは「どー考えても大本営発表の妄言だろ」としか思えない、
- コミンテルンがどんな陰謀を用いて日本を戦争の泥沼に引きずり込んだか
- 中国の便衣兵がどんなに殺されて当然か
といった歴史観が、今では愛おしく感じられた。後ろに並んだおとなたちも一緒に、軍人勅諭を暗誦し、君が代を裏声で歌った。渡部昇一おじさんは少なくなったすだれ髪をさらに少なくしながらすすり泣いていた。
最後に、櫻井先生は静かに、しかし熱のこもった口調で言った。
「わが日本は、世界でもっとも高貴で、アインシュタインも絶賛した国。それを教えてくれる自慰史観をけっして忘れてはいけない。なぜなら、国家がどんな犯罪を犯したとしても、“なかったこと”にし続ける限り、日本は天皇を中心とする神の国なのだから…!」
先生はそこで絶句し、黒板に大きな字で力強く
「大日本帝国万歳!」
と書いた。こうして「最後の授業」は終わった。